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東京高等裁判所 平成6年(ネ)4583号 判決 1995年11月16日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因1、2(一)及び(二)(1)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、配当異議との関係で、被控訴人に不当利得返還請求権がない旨主張しているので、まず、この点について検討する。

1  《証拠略》によれば、配当に至るまでの経緯に関し、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人は、本件不動産の所有権であった。

(二)  控訴人は、<1>原判決別紙物件目録1の(一)、(三)、(六)の各土地及び2の建物について、債権額二〇〇〇万円、損害金年三〇パーセントとし、債務者を被控訴人とする昭和五九年二月三日設定(同日登記。ただし、設定当時の債権者は槙博志名義であったが、昭和六〇年三月二日債権譲渡を原因として、同年五月二九日控訴人に移転登記がされた。)の抵当権を、<2>原判決別紙物件目録(一)ないし(六)の各土地及び2の建物について、債権額三五〇〇万円、利息一五パーセント、損害金年三〇パーセントとし、債務者を被控訴人とする昭和六〇年二月二七日設定(同年三月一日仮登記、平成元年一月七日本登記)の抵当権を有していたところ、優先する抵当権者の申立てにより本件不動産の競売が行われ、平成元年九月二八日に配当期日が行われた。

(三)  控訴人は、右配当手続において、<1>の抵当権につき損害金三三七四万七九四五円、元本二〇〇〇万円、<2>の抵当権につき損害金四七八一万〇九五八円、元本三五〇〇万円との債権届出をしたが、後順位抵当権者の中に債権全額の配当を受けられない者も存在したため、最後の二年分の損害金(<1>について一二〇〇万円、<2>について二一〇〇万円)を超える配当を受けられなかった。

(四)  被控訴人は、配当期日において、<1>の抵当権について配当異議の申立てをし、配当異議の訴え(横浜地方裁判所平成元年(ワ)第二五三六号)を提起した。しかし、<2>の抵当権については配当異議の申立てをしなかったため、控訴人は、五六〇〇万円の配当を受領した(配当金受領の事実は、当事者間に争いがない。)。

(五)  配当異議の訴えにおいて、被控訴人は、<1>の抵当権の被担保債権が<2>の抵当権の被担保債権に吸収され、<1>の抵当権の被担保債権が存在しない旨を主張した。

控訴人は、配当異議の訴えについて、<1>の抵当権の被担保債権が存在しなくても、追加配当の際に<2>の抵当権について二年分を超える損害金の配当として約二三五九万円の配当が受けられる見込みもあったため、第一一回口頭弁論期日(平成三年四月二二日)において、被控訴人の配当異議の請求を認諾した。

(六)  その結果、供託されていた三二〇〇万円及びその利息六万四〇〇〇円(〇・二パーセント)について追加の配当表が作成された。この追加配当表では、控訴人に手続費用として三六五二円が認められ、また、後順位の抵当権者について、最初の配当の際には劣後するため配当を受けることができなかった二九七万九九八七円についての追加配当が認められ、さらに、残額の二九〇八万〇三六一円(うち、供託金利息六万四〇〇〇円)を、二年分を超える損害金として最初の配当の際には配当されなかった控訴人と他の抵当権者鈴木正久の各損害金(控訴人二六八一万〇九五八円、鈴木四五八万九三八三円)で按分して配当することとされ、鈴木が四二五万〇三〇一円(うち、利息分七三五四円)、控訴人が二四八三万〇〇六〇円(うち、利息五万四六四六円)の配当を受けることとされていた(控訴人が二四七七万九〇六六円の配当を受けたことは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められる。

2  右認定の経緯によれば、被控訴人は、<2>の抵当権に関しては配当期日において配当異議を申し立てないで、配当金交付後に不当利得返還請求をしたことが明らかである。

問題は、このように配当手続において配当金を受領した抵当権者である控訴人に対して、競売された不動産の債務者兼所有者であった被控訴人が、配当手続で配当異議を述べずに、配当金の基礎となる被担保債権額を争って、配当金について不当利得返還を請求することができるかどうかであるが、被控訴人は、配当手続においても被担保債権の範囲を争って配当異議の申立てをすることが認められるけれども、それをしないからといって被担保債権の範囲が実体的に確定するものではないし、又は別の手続においてそれが確定していたことを認めることのできる証拠もないから、被控訴人が本訴において被担保債権の範囲を争うことは、法律上制限されない。

3  控訴人は、配当手続で配当異議を述べなかったことは、被担保債権の範囲を承諾したものであって、事後にそれを争うことは認められない旨主張するが、配当手続において配当異議を述べなかったとしても右に述べたように権利関係が確定するものではないから、この点の控訴人の主張は理由がない。

4  また、控訴人は、被控訴人が被担保債権の一部不存在を知っていながら配当手続で配当異議の申立てをせず、その結果配当金の交付が行われた場合には、非債弁済となり、不当利得請求権は認められない旨を主張する。

確かに、配当手続での債権者への配当金の交付により実体的には債務者による債務弁済の効果が生じるものであるが、この債務の弁済は、債務者が任意にしたものではないから、仮に債務者がその当時被担保債権の一部不存在を知っていたとしても、民法七〇五条の適用はないので、この点の控訴人の主張も理由がない。

5  以上述べたように、被控訴人が配当手続で配当異議の申立てをしていなくても、配当金交付後に抵当権者である控訴人に対し不当利得返還請求をすることは禁止されないものというべきである。

三1  当裁判所も、被控訴人の大山良信に対する昭和六〇年二月二七日現在の残債務が被控訴人主張の一四三七万五〇〇〇円を上回ることはなかったものと判断する。その理由は、原判決理由説示(原判決8頁四行目から同9頁三行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

したがって、被控訴人の大山良信に対する旧債務は、一四三七万五〇〇〇円を超えては存在していなかった。

2(一)  控訴人は、債権譲渡に当たり異議を止めず承諾をしたから、被控訴人が大山良信に対抗することができる天引き、利息制限法超過利息の元本充当の主張を控訴人に対抗することができない旨主張するところ、異議を止めずに承諾したことについては、被控訴人が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

(二)  これに対し、被控訴人は、控訴人には悪意があったから、控訴人に対し、大山良信に対する抗弁を主張できる旨を主張するので、この点について判断する。

控訴人と被控訴人間で、弁済期の定めがなく、利息月二分の約定で二五〇〇万円につき準消費貸借契約が締結されたことは当事者間に争いがないが、その契約締結に至る経緯につき、《証拠略》によれば、<1>被控訴人は、大山良信からの借入について月五分の割合による利息の支払に耐えられず、金利の安いものに借り替えることを希望し、貸付先を探していたところ、控訴人が、大山良信の債権を譲り受けることになったこと、<2>この債権譲渡の際に、控訴人、被控訴人及び大山良信の間で、元本二〇〇〇万円、未払金利二八〇万円、その他の名目で二二〇万円と合意され、その結果、元本二五〇〇万円の準消費貸借契約が締結されたことが認められる。

右事実によれば、控訴人は、大山良信が利息制限法の制限を超える利息の定めをしていたこと、被控訴人がその約定利息の支払をしていたが、一部未払となっていたことを債権譲渡の際には認識していたことが認められ、また、金利の高い貸主が貸付に際し利息の前払を求めることがあり得ることは公知の事実であるから、控訴人は、利息天引の事実も推測していたものと推認される。

本件では、具体的な天引の額、被控訴人による大山への利息の支払状況について、控訴人が承知していたことを認めることができる証拠はないが、右認定の本件準消費貸借契約締結の経緯に鑑みると、被控訴人は、大山に対する支払利息等の元本充当の抗弁を控訴人に対して主張できるものと言うべきである。異議を止めずにした承諾の結果、抗弁が遮断される(民法四六八条一項本文)こととされているのは、善意の債権譲受人保護のために設けられた制度であるから、抗弁事由について悪意であった控訴人を保護することは合理的でないからである。

よって、この点の控訴人の主張は、採用し難い。

四  本件準消費貸借契約においては、利息につき月二分とする定めがあるほか、遅延損害金に関する約定がされたとの主張はなく、また、期限の定めがないことも前記認定のとおりである。したがって、前記債権額(一四三七万五〇〇〇円)につき、利息制限法の制限内である年一割五分の割合による利息及び損害金として、昭和六〇年二月二七日(契約当日)から平成元年九月二八日(前記配当期日)までの一六七五日分を計算すると九八八万九二一二円となるから、配当期日当時、被控訴人が支払うべき金額は、被控訴人の主張する三四一四万〇六二五円を上回ることはなかったことが明らかである。

したがって、控訴人は、配当手続で交付を受けた金額から右金額を控除した残額(ただし、六において述べる三四万〇九〇六円をさらに控除した金額)を不当利得として、控訴人に返還すべき義務がある。

五  当裁判所も、控訴人が昭和六〇年四月二五日から同年九月四日までに計三四三〇万円を貸し付けたとの抗弁を認めることができない。その理由は、原判決理由説示(原判決10頁一行目から同11頁三行目まで)のとおりであるから、これを引用する。

六  右によれば、配当期日当時、控訴人が被控訴人に対し支払を請求できる金額は、三四一四万〇六二五円を上回ることはなかったから、追加配当においては、鈴木正久に対し、届出利息損害金の残金全額の四五八万九三八三円及び供託金利息九一七八円(〇・二パーセント相当)を配当すべきであったところ、同人が配当を受けたのは四二五万七六五五円にとどまっており、三四万〇九〇六円少ない。

被控訴人は、配当期日当時、控訴人が請求できる金額が三四一四万〇六二五円であるところ、八〇七七万九〇六六円の配当を受けたから、その差額四六六三万八四四一円が不当利得であると主張するが、<2>の抵当権についても被控訴人が配当異議を申し立てていれば、鈴木正久は、追加配当時に三四万〇九〇六円の配当も受けられたはずであるから、その三四万〇九〇六円に相当する部分は、被控訴人の損害と言うことはできず、被控訴人が控訴人に対し不当利得の返還として請求できるのは、その部分を控除した四六二九万七五三五円に限られる。

七  以上のとおり、右認定の不当利得金四六二九万七五三五円から、被控訴人が借受の事実を自認する昭和六〇年九月二七日の元本六〇〇万円及び同年一二月一九日の元本二〇〇万円並びにこれらに対する被控訴人が自認する遅延損害金九四六万六六六六円の合計一七四六万六六六六円を除くと、被控訴人が控訴人に対して返還を請求することができる金額は、二八八三万〇八六九円と計算される。

そうすると、被控訴人の控訴人に対する二七九八万二九九〇円の不当利得返還請求は理由がある。

八  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田 宏 裁判官 田中康久 裁判官 森脇 勝)

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